記事内に商品プロモーションを含む場合があります
みなさん、12月18日が「国連加盟記念日」だと知っていますか?
これは、1956年12月18日、日本が国際連合(国連)に加盟したことを記念する日です。
この日を境に、日本は国際社会に正式に復帰し、世界平和と協力の場で重要な役割を果たし始めました。
この記事では、国連加盟までの背景、意義、そして現在の日本と国連の関係について詳しく解説します!
国連加盟までの道のり:戦後日本の再出発
日本が国連に加盟したのは1956年12月18日。
しかし、その道のりは決して簡単ではありませんでした。
戦後、日本が国連に加盟できなかった理由
- 1945年、第二次世界大戦が終結し、日本は連合国軍の占領下に置かれました。戦前に加盟していた国際連盟からも脱退し、国際社会で孤立する状態が続いていました。
- 1952年にサンフランシスコ講和条約が発効し、日本は主権を回復。国連加盟を申請しましたが、冷戦構造の影響でソ連など社会主義諸国の反対を受け、実現しませんでした。
日ソ共同宣言で道が開けた!
1956年10月、日本とソ連が日ソ共同宣言を発表し、両国の国交が回復。
この出来事が、国連加盟への大きな突破口となりました。
- 同年12月12日、国連安全保障理事会で加盟が承認され、12月18日には国連総会で全会一致で承認されました。
- 日本は80番目の加盟国として国連に加わり、国際社会への復帰を果たしました。
国連加盟の意義:日本にとって何が変わったのか
国際的な舞台での発言力
- 国連加盟により、日本は国際社会での発言権を正式に得ました。
- 総会や安全保障理事会をはじめ、さまざまな場で自国の意見を表明し、国際的な課題に対する立場を示すことが可能になりました。
国際協力の推進
- 国連加盟は、開発援助や人道支援、環境問題などの分野で日本が積極的に国際協力を進める基盤となりました。
- 日本は国連機関を通じて、世界の貧困削減や教育の普及、平和構築などに関与し、「国際社会に貢献する日本」というイメージを確立しました。
平和国家としての復帰
- 戦後、日本は「平和国家」としての立場を強調し、国際連合憲章の理念に基づく行動を重視してきました。
- 国連加盟は、その決意を世界に示す重要な機会でもあったのです。
日本の役割:国連で果たしてきた具体的な貢献
現在、日本は国連加盟国として、さまざまな分野で重要な役割を果たしています。
国際協力のリーダーとして
- PKO(国連平和維持活動)への参加:日本は、カンボジアや東ティモールなどでの平和維持活動に参加し、現地の安定に貢献しました。
- ODA(政府開発援助)の実施:日本は長年にわたり、開発途上国への援助を提供し、インフラ整備や教育普及に大きな役割を果たしています。
- 人道支援:自然災害や紛争で苦しむ地域への支援を積極的に行っています。
安全保障理事会での活動
- 日本はこれまで非常任理事国として、安全保障理事会に12回選出されています。
- 常任理事国入りを目指すだけでなく、非常任理事国としても国際平和と安全保障に積極的に関与し、実績を重ねています。
国連の理念:私たちにできること
国連は「世界の平和と安全の維持」を使命としていますが、それだけではありません。
以下の理念も国連の重要な柱となっています。
人権の尊重
- 国連は、世界人権宣言を通じて、すべての人々の基本的人権を守る活動を続けています。
- 差別の撤廃や女性の権利向上など、具体的な取り組みを推進しています。
経済社会開発
- 貧困撲滅や教育の普及、持続可能な開発は、国連の重要な課題の一つです。
- 日本もこれらの分野で、積極的に支援を行っています。
国連加盟記念日の意義:これからの日本の役割を考える日
12月18日の「国連加盟記念日」は、日本が国際社会で果たす役割や、未来の課題について考える大切な日です。
これからの日本に期待されること
- 安全保障理事会の常任理事国入りを目指すため、さらに国際的な信頼を高める努力が必要です。
- 環境問題や人権保護など、現代の複雑な課題に対して、国連を通じたさらなる貢献が求められています。
まとめ:国連加盟記念日を未来へのきっかけに
1956年12月18日、日本は国連に加盟し、国際社会への復帰を果たしました。
- 国連加盟は、平和国家としての決意や国際協力の推進を示す大きな一歩でした。
- 現在も、日本は国連を通じて、さまざまな分野で世界に貢献しています。
この記念日をきっかけに、国連の理念や日本の役割を改めて考え、より良い世界の実現に向けて何ができるのかを一人ひとりが考えるきっかけにしてみませんか?
それじゃあ、またね♪
ABOUT ME
北海道出身の1996年生まれ。
日常の小さな発見や家計見直し、住まいづくりの工夫を楽しく紹介します。